死とはなにか?上を向いて歩こう

名門イェール大学で20年以上続いてる
講義をもとに書かれた死とは何か?
について解説していきます。

世界一受けたい授業「死の壁」

タイトルの通り、死とは?どういうことなのか?
死について考えて、シェリーケーガン先生が
語り尽くすといった内容です。

ハッピーなテーマではありませんが
ただ死について考える事は、スゴク大事だと
思います。

なぜかと言うと、もう語られ尽くされて
いることではあります。
目指すべきゴールから逆算して、段取りを
考えるので大事です。

1 予算を1億円貯めるとか、
2 出世して部長になるとか
3 子供は3人欲しいとか

そのゴールに向けて今何をするべきなのか?
を考えることが大事。

これは誰もがわかってることだと思います。

人生のゴール設定というのは、
人それぞれ、だったりするのですが
一つだけ全人類共通のゴールがあります。

それが死です。

縁起でもないこと、言いますが
私も皆さんも 必ず直面する問題です。

これは覆せないです。
しかしながら、みんなが局面する課題にも
かかわらず、その死について考える人は
日常生活ではなかなかいないのです。

すごく大事なことだと分かってるのに
なんで?考えようとしないのか?
それはシンプルに怖いからです。

死ぬなんて、口に出すのも怖いですから
当然といえば当然です。

いい機会ですので、少しだけチェリー先生と
本気で考えてみましょう。

死を漠然と待っているのはもったいないです。

著名人の松下幸之助、ケネディ、孫正義
こういう大きな成功を収めるような人達は
一方では死んでやり切ったという体験をした
ことがあったとあります。

死に近づくことについて、本気で向き合うこと
これはもしかして、とてつもないパワーを
秘めてたりするんじゃないか?

恐れる存在なんじゃなくて、
いつもアタマにある存在だったりする。
この本には、そのヒントがたくさん散りばめられてます。

今回はその中で私が特にここは大事だと思った
ポイントを厳選してお伝えします。

死というものが、そんなに怖いものではないんだ
よというポイントです。
死はすごく怖いじゃないですか?

何で怖いか?
その一因が死はよくわからないから?
未知のものだからです。

この本の面白いところですが。
チェリー先生は、
「いやいや全然怖いものじゃないよ」
って言うのです。

なんだそれ?と思います。
自分が死んだ後の世界なんて
どんな感じになるか知り得ない
じゃないかっていいます。

そこでシェリー先生は、死後の世界なんて
簡単にイメージできると、
結論として、「世界なんてほぼ何も変わらない」

それこそ誰もが知る著名人が死んだ後も
我々の生活が変わらず進むように。

例えば、私が風邪で会社を休んでも
会社は回って私が出るはずだった
ミーティングは他のメンバーだけで開催されるように。

仮に私で死んでしまったとしても
世界はほんのちょっとの違和感を残しながら
ただ俯瞰して見れば何も変わらずもあり続ける。

これが私たちの死後の世界なんです。

確かにそう言われれば、イメージできない
こともないのかな?

世界とか外部の話はいいんだと
「私の魂とか感情とか体の状態とか
どうなっちゃうの?」
「俺の内面はどうなっちゃうの?」
よっていうのが気になります。

これに対して先生はこう断言します。

「まず魂とかはないんだ。確かに人間は
他の動物にはない特殊な機能を色々持ってる」と

「だからといって死んだ後も人格だけが魂として
存在するなんて、そんなことは考えにくい。
それで人格とか思考に関しては、なるだけだ」と。

わかりやすく言えば、生前と同じ状況になるだけです。

そんなの道でもなんでもなくて、
いつでも経験してるだろ?

薬が切れるのが怖い、と言うけど
あなたはお母さんのお腹にいた時は
別に何も考えず、恐怖心もなく生命が維持されてきた。
次の瞬間死があるにもかかわらず。

私たちは、お母さんのお腹にいる胎児の時期では
まだ人格が存在しないので、出産後にあらゆる刺激を
体験し個性が形成し始める。

そして、良い人生があったはずなのに
生命が奪われてしまうと思うから
それに抵抗して、逆の行動に出る。

高齢者とか、もう人生でやることやりきったから
もし未来がなくなったとしても
奪われるモノがあまりないのが現実です。
これに当てはまらないから、死が怖くなくなるわけです。

「死ぬこと自体は怖いものではないけど
これからまだやりたいことがたくさんある」

これをやりだすと死が怖くなります。

人間という生き物は、未来が楽しみだと
もっと長く生きたくなる。

その一方で、これからの未来がずっと
悪くなり続けると思うとどうなるか?
人間は死にたくなるのです。

「この先もういいことは起こらない」

この考えこそが、自殺を産むということで
この本は自殺っていうデリケートなテーマにも
触れています。

チェリー先生は一冊では、とても複雑で語れないと
そして死を断言し言い切れないとそう語ってます。

残念ながら人生が悪くなり続ける人もいる。

例えば末期の病気にかかってしまって
全く治る見込みがない。

痛みがずっと体を蝕み続けて、その痛みに
耐えるためだけに生きるという人もいるだろう。

そういう状態の人に対して、生きているだけで
素晴らしい。とは言い切れない。

道徳的な観点を無視した場合。

もしかすると死んだほうがマシという状況は
起こり得るかもしれない。

そういう人に道徳的にとか、
人生が辛すぎて死ぬことを許さないっていうのは

例えるならヘドロ出てきたパイを
「これ神様からの贈り物なんだからいいから食え」
と強要するようなことだと言います。

先生は、この世界で起きている大半の自殺は
おかしい?と言ってる。

例えば
1 恋人に振られたとか
2 大学受験に就職活動に失敗したとか
3 リストラされたとか

これらの事は確かにショックかもしれない。

これからの人生が、ずっと悪くなり続けることの
証明にはならない。

末期状態の病気とは、レベルが違う。

ただこういう状況に追い込まれると
視野が狭くなって、これからの人生が
ずっと悪くなり続ける。と
勘違いしてしまう。
この勘違いが多くの自殺を引き起こしてしまう。

的外れな不安な気持ちが増幅して、
気が付くと徐々に死に近づたくなる。

これはよく気持ちがわかります。

自分にとって大きなミスとか、
事件が起こると、全てが終わったような気が
します。
時間が経過して、思い返せば大したこと
なかったりするのです。

しかし、なかなかない状況変わらないと、
死にたくなる。

これを理解してあげることが大切です。

ツライ状況に追い込まれている人から
相談を受けたら、
オレ的にとか、
道徳的に死は
けしからんっ

と言ってお説教するんじゃなくて
「今は、辛いかもしれないけど、
未来はは分からないよ」と、未来の可能性に
気づかせてあげるのが、アドバイスする立場の
人がするべきと思いました。

今回はシェリーケーガン先生が書かれた
死とは何か?について書きました。

死というもの自体は、実はそこまで
怖いものじゃないが、なぜ生きたいのか?
それを考えてみると、未来にやりたいこと
やり残したことがあるからです。

未来はない。そういう絶対にないっていう
思考になっちゃうと死にたくなってしまう。
そんなお話をさせていただきました。

今回はテーマはショッキングなものでした。

この本を読んで私としては、
ポジティブに生き、そして落ち込んでも先の明るい
未来に意識を向けるようにしたいなと思いました。

全人類が恐れる死ですけど、怖がるんじゃなくて
時折思い出して、自分のパワーにできないかな?

成功者と呼ばれるような人たちが
死について語る場面でよく見ると
死とはすごく怖い反面、とてつもないパワーを
秘めてるのかも?と思ったりします。

チェリー先生曰く、
「死はただの時期であり、締め切りでしかない」
ですから、恐れる必要はありませんと。

死というものは、確実に私たちに訪れは
しますが、現在、生きてる我々の生活に何か
できるわけではないです。

人生最期のゴール地点で、
ただ待ってるだけの死の恐怖。
ビクビク生きるのはもったいないのです。

夏休みの宿題に似てるなとも思ったりしました。
夏休みの宿題を、やろうやろうと思ってはいるけど
結局手をつけないので締め切りのことなんて
忘れてるからなんです。

私たちがいつか必ず死ぬということを
忘れてるように、小学生の頃夏休みは
ずっと続くような気がしています。

そうなると宿題を手をつける気にならない。

夏休みの宿題なんて、正直終わらなくて
いいじゃないか?
先生に怒られないから、どうにか遅れてでも
提出するとか笑ってごまかす?
とそれでいいと思う。

自分の人生でこれをやってみたいのですね。

人生の宿題、自由研究は仮に終わらなかった
としても、誰も怒られはしないかもしれない
ですけど、死ぬ直前に猛烈に後悔するだろう。

何歳になっても死が強いままで
死をむやみに怖がるんじゃなくて

ただの締め切りとして、意識し続けて
自分が頑張りの原動力を方向性を
変えていければなと思います。

誰もが恐れおののく死というものさえ
ポジティブに捉えることができたら
すごいじゃないですか?

今回は哲学的な内容になったかも知れませんね。

最期までありがとうございました。

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